鎖骨骨折日記~めざせ登山ザックを背負える日

初めての鎖骨骨折から登山用の重いリュックを背負って登山復帰するまでの記録

鎖骨骨折日記【6】手術当日(鎖骨骨折4日目)

入院手術には同意書がいっぱい

人生初手術の朝は久しぶりに苦痛なく起き上がることができた。
病室の電動ベッドはボタン一つで上半身を起こしたり脚を上げたり自由自在。起き上がるのがとてつもなく楽である。

入院承諾書サインのために来てくれた両親に骨折の顛末を話していると、担当医が来て手術について詳しい説明があった。
「今まで執刀してきて経験したことはないけれど・・・」と前置きがあっての
「・・・というリスクがある」で終わる様々な手術のリスクについても言及があり、
色々な同意書にサインする。

続いて麻酔医師がやってきて麻酔についての説明。
また同意書にサインする。

軽い気持ちで挑んでいたけれど、全身麻酔の手術ってやはり大変なことだ。

 両親が事務所に行って「入院承諾書」にサインをして帰ってきた。
手術入院はサインだらけである。
本人が成人しているのにどうして家族のサインが必要なのか、と思っていたが「誓約書」をじっくり読んだら「身元引受人」という言葉が浮かび上がってきた。
入院費用を払わずに逃げた時とか、入院中に暴れた時とか、ごねて退院しない時とか、、いろいろあるだろうけど、私の頭をよぎったのは、万が一手術で帰らぬ人になってしまった時だ。
…納得。

手術当日(本日)のスケジュール

7:00朝食
10:00以降絶食
13:00まで飲水可能
16:00手術

 移動や麻酔等含め2時間弱予定
 手術後4時間はベッドで安静
 2時間後に胃が動き始めれば飲水可能
 4時間後に状態にあわせて夕食可能

だったのだが、キャンセルがでたのか?手術時間が2時間ほど早くなるとのこと。
早くなるのは大歓迎だが、あまりのんびりしていられなくなってきた。すべて2時間前倒しだ。

手術時間までにすることが色々ある。

・脱水予防のため水分補給ゼリー飲料を2本飲む(美味しくない)
・手術前にシャワーで体を清める
・手術着に着替える
 ショーツは自前のものでよい 
 魔法のバンドはギリギリまで装着するつもり
・血栓予防のために弾性ソックスをはく
 片手では無理なので看護師がはかせてくれた。靴下をはかせてもらうなんて数十年ぶりだろうか

これらをこなしている間、定期的に看護師が血圧と体温を測りに来て、11時を過ぎると点滴をつけられた。左腕の肘と手首の真ん中あたりに一度刺されるも失敗したらしくて手首の近くでとられる。
これが地味に痛い
我慢できないほどじゃないほんのりした痛みと、もし針が抜けたらどうなるんだろうと心配で腕を動かすのに躊躇してしまう。
右腕は動かせず左腕も自由を奪われ、トイレに行くのも一苦労である。個室には広いトイレがついているので、思う存分時間をかけて用をたせる。差額ベッド代が高いけど個室でよかった。

点滴引っ張ったままでも普通に過ごしていいですよ、と言われるけど怖くて動きたくない。よく映画なんかで点滴のバー?押しながら病院内をうろうろしてる患者が出てくるけど、よくこんなんで徘徊できるなあと感心する。

私には無理なので、おとなしくひたすら読書していると、ついにお迎えが来た!

遂に手術室へ向かう

手術室には歩いていき、帰りはベッドで帰ってくるのだ。
魔法のバンドを外し、眼鏡外しますか?と言われるが、
「ド近眼なので直前までかけていきたいです」とお願いする。本当は付き添いがいれば廊下を歩くくらいはできそうだけど、せっかくだから手術室を見てみたいんだもん。

シャワーキャップみたいな帽子を被り、いよいよ手術室へ。
頑丈そうな扉の向こうに手術担当の看護師数名がスタンバイしており、引き渡される。なごやかに挨拶して自分で手術ベッド?に上って横たわる。手術室は思ったより広かったがざっと見渡した感じだとドラマや映画で見るのと同じ。尚もきょろきょろしようとしていると眼鏡を外され、超ド近眼の私は何も見えなくなってしまった。
無念。

点滴以外に心電図とか酸素マスクとかいろいろな機器をあっという間につけられ、麻酔医が登場した。ちなみに執刀医は私が気を失うまで現れず、目覚めたときには退場していたので本当に彼が執刀したのかは定かではない。。と疑ってみたりして。

全身麻酔について色々勘違いしていたこと

今回、初手術にして初全身麻酔を経験したのだが、全身麻酔について勘違いしていたことがたくさんあった。

・深ーく深く寝てしまうだけだと思ってた→ほぼ仮死状態

・ 麻酔は酸素マスクからガス状に出てくる→点滴から薬をいれる

・酸素マスクは通常呼吸のサポート的なものだ→なんと自力呼吸が止まるので、気を失ってから喉の奥に人工呼吸器の管を入れる
故に、麻酔から覚めるとたいてい喉が痛くなっているらしい

・麻酔が効いていくときは、「数を数えてください。」「1,2,3…」で瞬時に気を失う→麻酔医達と和やかに雑談しているうちにゆっくりと気が遠くなった。
まあ、これは麻酔医の好み、個人差かもしれない。

目の前(天井とかライトとか)がどんどん霞んで、、というシチュエーションを想像していたが、そもそもど近眼なのでベッドに横になった時から目の前が霞んでいるのだった。
無念。

骨折した時の経緯の話をして「お転婆さんやなあ(死語?)」などと笑われている間に気を失ったらしい。

 

手術終了後ひたすら安静にする苦しみの4時間

・・・

・・・

気づいた時は、まさにドラマで見る通り看護師に名前を呼ばれていた。すでにベッドが廊下を移動しており、目覚めと同時に乗り物酔い的な気持ち悪さと吐き気に襲われた。
呼びかけに返事をして、請われるがままに手をにぎにぎしてみせる。人口呼吸の管も抜いてあり、ちょっとだけ喉がいがいがする。
仮死状態から身体機能復活!

ベッドごとエレベータに乗り、入院病棟の廊下を移動し、部屋へ。吐き気は単に乗り物酔いだったらしくベッドが静止するとすぐに収まった。普段から乗り物酔いしやすい人は要注意である。
酔い止めを飲むわけにはいかないので、注意してもどうしようもないけど。

病室に着くと移動レントゲン装置が運び込まれてレントゲンを撮られた。
酸素マスクと点滴、指先に洗濯ばさみみたいな酸素濃度?を計る機器はつけたまま。右腕には三角巾。モニターらしきものも置いてある。
トイレに行きたくなったらナースコールするように言われたが、一体どう処理してくれるのか。気になって仕方なかったが、幸いそこまでの尿意は感じずにすんだ。
初体験を更に増やすために経験しておくべきであったか。。

時々看護師が現われ、熱と血圧を測っていく。

ひどい痛みは感じないが、右上半身がとにかく重くだるく熱っぽい感じがする。左腕の点滴がやはり痛くて違和感いっぱい。右腕も三角巾で固定されているし、しばらくは枕もだめということで仰向けで身動きできない状態なのが辛い。

痛くはないけど辛い。苦しい。
痛いのと苦しいのは違うものなのだなあ、とりあえずかゆくなくてよかった。
などと考えたり、少しでも楽な姿勢になろうとあがいたり、うとうとしたりしている内にやっと2時間がたった。

おなかの動きを調査され、水分をとる許可が出る。
点滴しているので水分は不足していないはずだが、口がカラカラ。看護師に吸い口にアイスティーをいれてもらって、一気飲み。
吸い口を使うのも初めて。

更に2時間が経過し、状態良しとのことですべての機器が外された。

なんという幸せ。
今回とにかく一番辛かったのが術後の動けない2時間だった。プレートを抜く手術の時もおそらく同じなのだろう。
かなり先だが今から気が重い。

術後の患部には鋼の歯ブラシが入っていた(ほんとはチタン)

食事がとれるか聞かれたのでもちろんいただく。
すぐに運ばれてきた夕食を左手を駆使してもりもり食べていると、担当医が現れた。

「お!元気ですね(笑)」

予想通り骨が細かったがボルトはちゃんと入り、予定通り終わりました、とのこと。
ほんとに先生が手術したんですか、と聞いてみようかと思ったが止めておいた。
プレートとボルト入りのレントゲン写真をみせてもらう。いかつい歯ブラシが入っているみたいだ。
バラバラだった3つの骨がしっかり繋がれ一本の鎖骨になっている。 
まさにパズルのよう。

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夕食はしっかり完食。
このころ少し熱が高くなったが、手術の直後は熱があがるものらしい。
術中術後に寝すぎたせいかなかなか寝付かれずスマホでアマプラ見たり、テレビ見たり。電気も煌々とつけっぱなしで自由にできてトイレも時間をかけて気兼ねなく使えるし、差額ベッド代が高いけどやはり個室はありがたい。
プレートを抜くときもやはり個室に入りたいな。そのために少しずつ資金を貯めようと誓う。

そのうち、やっと眠たくなってきたので寝る。

手術後はもっと痛みが激しいのかと思っていたがたいしたことないなあ、と甘く見ていたら夜中に痛くなって目が覚めた。
耐えられなくなってきたのでナースコールして痛み止めを処方してもらい、その後は眠ることができた。